31年間の不摂生、及び自堕落な人生のツケ。 循環器、及び胃または十二指腸からの大量出血により、KO.DO.NAこと私は入院する事になりました。
で、退院しました。
『病院』と言うか、『入院』と言うのは『俗世』とシャットダウンされる。
同室の老人は糖尿とプチ痴呆で寝たきり。身の回りの世話は『看護婦』と『介護補助』の女性が行う(何故か『介護補助』の男性いなかった)。『介護補助』と言っても傍で見ていると可也のハードワーク。看護婦とほぼ同じ量の仕事を要求されているように見える。
その老人だが「寝たきり」過ぎて皮膚に『カビ』が生えてしまったらしい。で、皮膚科にも掛かる事に。
しかし一日中、寝たきりなのに食事の時だけは物凄い勢いで食べる。皿を舐めてる程である(看護婦から「犬じゃないんだから、そう言う食べ方は駄目!」と叱られていたが止めなかった)。
同室の男性と「生きる執念って奴なんだろうなぁ」と話した。
「だって食べている時の目付きが凄いもんな」
「ギラギラしてますよね」
「しかし、うち等もあの老人達と変わらないと思うよ。30cmも変わらない。紙一重だよ」
別の部屋の男性(痴呆)は夜になると叫びだす。叫ぶと言うか。誰かを呼んでいる。
「タッちゃん・・・タッちゃん・・・タッちゃん・・・タッちゃーーーーーーーん!!!!」
何度も。声が良く響く。恐らく呼びかけているのは幼い頃の友人なのだろう。喉が開いていると言うか、幼い頃と同じ発声法。その「タッちゃん」が誰なのか本人しか知らない。生きているのか死んでいるのか。
何故かその叫び声が妙にセンチメンタルなんである。胸がギュっと締め付けられるような悲しさ、と言うか。何故か。
しかし何故「大昔」の事に関しては脳味噌が働くのだろうか?彼が
「タッちゃん」ではなく、例えば
「国籍改正法案はんたーい!」
とか
「麻生首相は辞任せよー!」
とか
「山崎!天皇を撃てー!」
とか
「後期高度高齢者諸君!今こそ後期高度高齢者は後期高度経済資本主義社会へ闘う為に決起せよー!」
とか
「オバマ大統領ーーー!」
とか
「竹島は日本の領土だー!」
とか
「最近のAVは面白くなーい!」
とか
「フリー!チベット!」
とか
「ユダ公はガザ地区への攻撃を即刻停止せよー!」
ならば話は判る。通常、最近の事を脳味噌ってのは覚えているモンだし。
古い話、と言っても例えば
「満州大陸ばんざーい!」
とか
「日本は侵略国家ではなーい!」
とか
「皇居に向かって敬礼ー!」
とか
「敵はソ連!ドイツとイタリアは味方だー!」
とか
「エルビス・プレスリーは生きているー!」
とか
「今こそマルクス・レーニン主義による暴力革命によって悪しき後期高度資本主義社会妥当ー!」
とか
「国鉄民営化反対ー!」
と言う事を言う「ボケ老人」なんて聞いた事ない。どうしても「超個人的」な記憶が大半だ。私の祖父が癌でモルヒネによる『痴呆状態』になったときも恐らく30代までの記憶がランダムに蘇ってばかりだった。祖父は戦時中に戦闘経験があったのだが、そう言う記憶は蘇らない。
どうも「ボケる」と過去の『超個人的』な記憶だけがランダムに・・・泡沫のように浮んでは消えていくモノらしい。
過去の夢の中を彷徨う
何だか寂しい気がしてしまうのだ。何故、寂しいんだろう?私がボケ老人に対してい「同情」「蔑む」でいるのか?
と一晩、寝る前に考えたのだが『ボケ』を「同情」「蔑む」でいるのでもなく、悲しいのではなく、そもそも『生きる』と言う事自体が『寂しい』事なのかもしれない・・・と思った。
同室の老人はボケてはいないのだが、糖尿。病室でテレビを一日中、観ている。私は信条としてテレビを所有してないので観た事がないのだが(しかも病院のTVは有料なのだ)、イヤホンをしてジーっとTVを観ている姿は何だか非常に寂しかった。
ついでに同室で、仲良くなった39歳の男性も夜になると眠れないのでTV。
私にはTVを観ている人の姿が相当に寂しく見えるのだ。
TVは孤独を慰めているようで、実は孤独を更に加速させる機械だ。
TVやインターネット、携帯電話と言うのはコミュニケーションの為の道具であり、孤独を慰める為の道具かも知れないが、実はその機械のせいで孤独は加速されるような気がしてならない。
インターネットは私も使っているから余り言えないが、常時、携帯電話画面を凝視し、ボタンを取り付かれたように押している姿は強迫的・究極的な『孤独』のような気がする。
人々は孤独に成りたがっているのだろうか?
『孤立』と言うか『孤独』と言うか。
判らない。
男性患者は皆、寂しそうな感じがした。見舞い客が来ようと来るまいと。だが反対に
『老婆』
は楽しそう。男性患者(痴呆)は、誰もが似たような感じなのだが『老婆』は個性豊かである。ボケても何かと喋る(男性患者は無口)。
昔の亭主、彼氏、学生時代の話、自慢話、病気自慢、生んだ子供と孫、誇張された青春時代、etc。話題に事欠かない。
90歳でバリバリにボケた老婆がいたが彼女は『花札』『麻雀』が大好きだったらしく私に
「何か楽しい事はなぁい?」
と幼い口調で聞いてくる。
「ないですねぇ~。病院ですからねぇ」
「花札とか麻雀とかないのぉ?」
「ないですよ。あると良いですけどねぇ」
「えーーー!ないのぉーーー!?」
とか。家族曰くボケてから幼くなったらしい。しかし中々に可愛らしい。勿論、痴呆老婆にも『凶暴』な人はいる。ウンコを嫁に投げつけてくる、とか妄想(電波系)被害とか。
とある本に痴呆により妄想が酷く、しかも、その被害妄想を『川柳』にしている老婆が紹介されていた。
「水風呂や/嫁の仕業か/師走かな」
半ばギャグのような『川柳』だったらしく、其れを見た精神科医は笑いを堪えるのに必死だったらしい。
とは言え、病院内は何時だって静か。看護婦さん達が台を持って走ったり、痴呆老人の叫び声と言っても、其れほどでもない。と言うか慣れてしまえば静か、と思える。
夜8時半のベランダにて煙草を吸う。
上京以前から考えると、私はズーッと音楽や演劇と言うジャンルで世と折り合い、と言うか戦い、と言うか、そう言う日々だった気がする。
「負けたくない」
と言うか、
「負けたら死ぬしかない」
と言うか。
だから心身・経済的に相当な負担だとしてもやっていた。と言うかそう言う「やり方」以外、ないと思っていた。そうしないと自分が消えてしまうのではないか?と。
『点』ではなく『個』である為に、と言うか。
上手く言語に出来ないが、「それ以外の生活」と言うのが全く想像が出来なかった。それ以外の生活、と言うのが本当に「判らな」かった。
11年間、ズーッと、そうしてきた(と思う)。
入院して「それ以外の生活」と言うのを半ば初めて体験する事になった。
病室に楽器や音楽再生機を持ち込むのは難しいし(私はipodなど持ってない。携帯型音楽再生機となると『蓄音機』『70年代のデカいラジカセ』しかない)、病室なので常に『寝巻き』。
音楽やアートと全く無縁の生活。微かにBGMでクラシックが流れていたが余りにも微音の為、聴こえない。
一度、外泊で『うさぎべや』にて蓄音機DJをやったのだが地味な病室から突然、西麻布で大音量音楽。翌日、病室、と言うギャップは可也、凄かった。寝込んだほどである。
「トランペットを吹かない自分」と言うのを見つけて、「こう言う自分と言うのもいるのだな」と思った。
不思議ではなく、実は常に存在していたと言うのにも。
私がやっている音楽は『アンビエント』と言われる事が多い。
ブライアン・イーノと細野晴臣は『入院』を切欠に『アンビエント』と言う観念を発見(?)したらしい。
『病室』と言う特殊な環境で発見された音楽的ロジックなんだろうが、そう言う意味で考えると私の音楽は『アンビエント』ではない、と言うか全く違う気がする。
と言うか、『アンビエント』に限らず音楽やアートなんて聴こえなくても良いし、見えなくても良いし。
「俺の音楽を聴け」
「俺のアートを見ろ」
それはアートでも何でもなく単に『露出狂』の一種なんではないか?と思ってみたり。
先に書いた「タッちゃん・・・タッちゃん・・・タッちゃん・・・タッちゃーーーーーーーん!!!!」と叫ぶ痴呆老人の声だが、不謹慎かも知れないが私には『音楽』と言うか『サウンド』に聴こえた。とても切ない『サウンド』である。
音楽と言うのは実は共同体の確認と言うのを除けば、実は『超個人的』な存在なのではないだろうか。世界各地の『民族楽器』と言うモノの大半が『小さな音量』である事から証明されている気もする。トランペットやバグパイプ、鐘、または『ガムラン』『ケチャ』などの大音量楽器は、当初から
宗教
国家(村などの共同体も含む)
王族・貴族
によって管理されてきた楽器(音楽形態)だったワケだし。
だからと言って何もかもが過剰・大音量・大出力の時代に「何からも管理されないアートとはなにか?」となると話がヤヤこしくなる。中央線でディジリドゥやジャンベを叩いている行為は言ってしまえば『流行』と言う糞忌々しいモノが背景にあるワケだし『カラオケ』なんて糞だ。ロックもテクノも最終的には共同体や、または演奏者の「権力指向」みたいなモノに支配されているように思えてならない。
うーん。
麻雀作家だった『色川武大』は全盛期の頃に大病を患い入院した。死亡確実、と言われていたが戦中生まれはタフなので生きて退院した。
退院した時に先輩作家に電話したらしい。
「入院中、色々と考えただろう?」
「考えました」
すると先輩作家は破顔一笑し
「だが、考えた事の半分も出来やしないよ。俺がそうだったからな!」
私も彼是と考えたが、きっと半分も出来ないだろう。と言うか、私は元の生活に可也、近い状態に戻るだろうなぁと思う。只、少しだけは違うかも知れないが。
誰も高僧や教会の敬虔な牧師にはなれないだと思う。