読売オンラインから
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090221-OYT1T00624.htm
虐待を受けた児童の保護を巡り、児童相談所(児相)の職員が保護者から暴言や暴行を受けるケースが2006年度に全国で140件に上り、記録のある1998年度の5倍以上に増えたことが厚生労働省の外郭団体「こども未来財団」(東京都)の調査でわかった。
暴力をふるわれたり刃物で切りつけられたりするケースも起きている。虐待家庭への立ち入り調査権など児相の権限が強化され、親とのトラブルが急増していることが背景にある。
「何で家に帰せないのか」。昨年10月、佐賀県中央児相の相談室で虐待やネグレクト(育児放棄)を受けたとして施設に入所する中学3年女児の母親(40歳代)が児童福祉司など職員3人に声を荒らげた。
女児が施設を退所するかどうかの相談中で、母親は「娘と一緒に暮らしたい」と申し出たが、女児が拒否。職員が「(女児の)意思を尊重したい」と伝えると、母親は突如、机やドアをたたいて怒りをあらわにし、職員に殴りかかろうとした。
福島県中央児相では昨年3月、職員を包丁で切りつけた親が傷害容疑で現行犯逮捕された。北九州市子ども総合センターでも2006年10月、親が職員を壁に突き飛ばすなど暴行して公務執行妨害容疑で現行犯逮捕されており、事件になるケースも起きている。
大阪府中央子ども家庭センターでは「子どもを返すまで帰らない」と深夜まで居座ったり、「子どもを返せ」などと電話やファクスで執拗(しつよう)に抗議したりしてくる事例があり、大分県中央児相の職員は「殺すぞ」と電話で脅迫された。
調査は、同財団が06年度に全国191か所の児相を対象に行い、137の児相から回答があった。その結果、暴言67件、脅迫32件、自殺や自傷のほのめかし22件で前年度比19件増の計140件だった。暴力の件数は明らかにしていないが、現場では「保護者との摩擦がここ数年で増えている」(福岡県中央児相)といった声が多い。調査を担当した関西学院大の才村純教授(児童福祉学)が98年度に行った同様の調査では全体で25件だった。
背景には、00年に施行された児童虐待防止法に、児相の虐待家庭への立ち入り調査権が盛り込まれたことがある。厚労省雇用均等・児童家庭局総務課は「以前は親が納得しないと保護を断念していた事例でも虐待死など最悪の事態を防ぐために積極的に介入しており、反作用として強い反発が起きている」と分析する。
こうした親の暴力行為に対処するため、長崎こども・女性・障害者支援センター(児相)では07年、3本の刺股(さすまた)を配備。昨年、県警の暴力団担当職員が暴力的な保護者にふんして対処法を指導する研修も実施した。大阪府中央子ども家庭センターでは刺股のほか防刃チョッキもそろえている。
ただ「過度な警備は気軽に相談に来られない雰囲気を招く」と指摘する声もある。才村教授は「警備強化では根本的解決にならない。話し合いで親を納得させられる職員の育成が急務だ」と話している。(川口知也)
どう言うワケだか「凶悪な犯罪」って地方からやってくる。何故か都内では聞かないのだが何故だろうか。恐らく『地方』『田舎』に流れる悪夢のような人間関係が横たわっている気がするのだが。
しかし、上記のニュースでも矢張り『北九州市』が出てくる。本当に北九州市は腐っている。と言うか『九州』『関西』は既に違う国なんだろう。実際に元々は違う国なんだし。
『北九州市』は私の故郷である。あの糞町は隣で殺人事件が起きようと、児童虐待が行われようと皆で噂はするが、手は出さない、と言う点である。私の母親も、自分の友人が脳梗塞で倒れて寝たきりになっていると言うのに同情する口ぶりだけで何もしない。
『生活保護打切り餓死事件』についても近隣の人は「なんか困っていたようだねぇ」程度。最悪の街である。あの土地で生きて行こうと思う人は重度の(処置入院で閉鎖病棟レベルでロボトミー手術が必要なほどの)
『統合失調症』『痴呆症』『覚醒剤ジャンキー』『ブロン・ジャンキー』『シンナー中毒』
の疑いが濃厚だ。気をつけた方が良い。
実際、私が高校生の頃。夜遊びの際は常に『バタフライナイフ』を持ち歩いていたし、他の友人は『スタンガン』を常備していたほどである。
狂気
危険
安い酒と
安い人情
安い友情
安い風俗
異常に敷居が高い福祉
其れだけが『北九州市』である。北九州市では『福祉』は殆ど機能していない。地元の老人達は『基礎年金』すら貰っているのかどうかも怪しい。
福祉が機能していないから生存していく事が経済的に難しい
仕方がないから消費者金融へ行く
利息が払えなくて闇金へ行く。
闇金はヤクザへ行く。
ヤクザは街の商業地区から法外なショバ代を掠め取る。
商業地区は崩壊する。
崩壊した街を10代が通り過ぎる
気が付けば自分もパチンコ依存性
闇金へ行く
ヤクザが走る
街は更に崩壊する。
『闇金のウシジマ君』の世界がリアルに展開される町である。そう言う意味では『漫画みたいな街』ではある。
児童虐待も多い。ホンと多い。何故なんだろうか?
私の姉と妹は結婚もしてなきゃ、子供もいない。妹は一度、子供を降ろしている。あの土地では子供を降ろす事と、子供を捨てる事と、子供を風俗に売ることは、『燃えるゴミ』を出す事と、フリーマーケットで不要品を売る事と大差がない。
何分、故郷なので憎んでも憎みきれないが、実際にそうなんだから仕方がない。
私が幼い頃。
『児童相談所』はまだ無かった。母親はよく私を半殺しにした。10歳にもならない頃に「死の予感」を受けるのは考えてみれば尋常ではなかった思う。
10代後半になって何度か私は母と父を半殺しにしようと思った事がある。
しかし悲しいかな、私も人の子。そう言う事は出来なかった。
『子殺し』は多いが、『親殺し』は少ない。何故なんだろうか。
私の幼年期の楽しかった思い出は圧倒的に祖母の家での事である。母は父に良く殴られていた。それで
「出て行きます!」
と言うワケで私と姉と妹は祖母の家に預けられていた。母は父の暴力に困っていただろうが、私としては幸いだった。母からの暴力もないし、大好きな林と言うか山もあるし、何かと退屈しなかった。
父と母が仲直りをすると私は憂鬱になる。
暴力と破壊の日々。
もう『シヴァ神』と暮らしているようなモンである。『シヴァ神』は『破壊と創造とダンスの神』だが母は『破壊の神』と言う一極集中型の神様である。幼い子供にしてみれば親は『神』に等しい存在である。唯一、絶対的な存在と言うか。
最近、医療関係の仕事をしているせいか「介護の資格を取ろうかなぁ」とフト、考えた。
そうなれば実家の母は『グループホーム』を経営しているので一寸の間、帰郷
すれば何かと都合は良い。
だが「実家では嫌だな」と思う。私と実家はお互いに良い歳とは言え、未だに双方、懐にドスを入れているような緊張感がある。
私自身の話は此処までとして、最近思うのだが、最近の親は子供を自分の『所有物』にし過ぎているのではないか?と思う。私は親になったことが無いので客観的視点でしかないのだが、その『所有』の仕方は「子供」ではなく、むしろ「自分のパソコン」「携帯」と言ったニュアンスで「所有」しているような気がするのである。
パソコンの調子が悪ければ叩いて治す、とか。
上記の『児童相談所』に激怒する人達は同時に自分のPCの調子が(ネットサーフィン中にウイルス感染したとしても)悪ければカスタマーセンターに怒鳴り込む人なのかもしれない。
「ワシのパソコン、どないしてくれるんや!」
「アタシのパソコン、どーしてくれんのよ!」
と言った感じで。『子育て』と言う行為自体がある種の脅迫観念になっているのではないか。
本当に馬鹿げている、と思うのは雑誌などで「子供が成長するのに生涯、幾ら掛かる!」とかである。
金勘定するような事柄なのか?と思う。
そのマスコミ様の言う『育児費用』にニンテンドーDSやプレステの購入費用は含まれているのだろうか?
子供は誰の物でもないと思う。皆で育てれば良いじゃないか。どうして『親』が育てなくてはならないんだ?それは
「自分が腹を痛めて産んだ子供だから」
↓
「MOTTAINAI!」
と言うケチ臭い根性だけなんじゃないだろうか?(そう言う意味であれば九州~関西の県民性として『ケチ』と言うのがあるが納得がいく)。
誰が腹を痛めようと、痛めまいと子供と老人は皆で面倒を見れば良いだけの話である。面倒を見切れない部分を福祉がカバーすれば良いだけで、面倒臭くも、ヤヤこしい話でもない。
親が死んで遺産が入れば、アブク銭なんだからロマンスと芸術と博打にパー!と派手にやらかして使い尽くせば良い。
と最近は思う。
少し話は変わるが。
私は亀と植物を飼っている。実家では猫と犬を飼っていた。
亀も犬も猫も植物も育てるのは大変だ。ましてや『人間』となると、父母だけでは根本的に無理がある気がしてならない。
違うかも知れないが「猿」をペットとして飼う人がいる。私も以前、欲しかった。只、『チンパンジー』や『オラウータン』は危険極まりないので学者や動物園でしか飼っていない。実際にペットの『チンパンジー』『オランウータン』に殺された飼主はゴマンといる(アメリカに多い。そう言う猿は処分されるか保護施設に預けられて野生に帰されるが可也、難しいらしい)。
猿レベルでこの危険性。何しろチンパンジーは軽く引っ張っただけで人間の腕の骨を圧し折るし、オラウータンは軽くジャレただけで撲殺なんである。
人間を育てるのは一人や二人じゃ無理な気がするのである。
無理なのに「親が子供の全てを監視・管理して『育児』だ!」と言う脅迫的観念が罷り通っている。ガキに携帯を持たせてGPS機能で寄り道も出来ない。そもそも携帯電話が誇る『GPS機能』で之まで何件の犯罪が防げたと言うのだ。馬鹿馬鹿しい。何だったら家族全員にGPSを付けて不倫を防いだらどうなんだ?面倒な裁判沙汰も簡略化出来るだろうよ。
単に面倒臭いから携帯を持たせているだけの癖して「育児してます!」みたいな顔をする。馬鹿の分際で良識派ぶる。その皺寄せが子供の痣と傷になる。
全く上手く循環している世の中だ。糞喰らえだ。
「私の子供」ではなく「私たちの子供」であるべきだ、と思う。その「私たち」の代わりが、例えば戦前のように「天皇の子供」でも良いと思う。極論かも知れないが『子供を所有』と言う状態よりは遥かに良い。
今年に入ってから実家に一度も電話をしていない。お正月がどうだった、とかクリスマスがどうだった、とか姉や妹、祖母や母がどうしているのか全く知らないし、知りたくも無い。
医療関係の仕事をしているの関係上、時折、痴呆老人が来院する事がある。
痴呆老人にしろ、足腰が立たない老人は中々、可愛らしい。
人間は産まれて幼く、老いて幼く。
痴呆老人を横目に「若しかしたら」と思った。
「母がああ言う風にボケたら」
「そうなって初めて母と和解出来るのかもな」
「同時に『故郷』とも」
その日が来ることを望むのは残酷な考えだろうか?敏腕キャリアウーマンとしてラジオ番組を持つ女性がボケる事を望むのは。
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